たのしい幼稚園

NEXT | TOP

  はじめてのおつかい。  

 ゼルは一人で廊下を歩いていた。
 いつも皆と歩くので、良く知っている。その小さな手には、キャンディーが握られている。
「んと、ここをまがって……ここを通って……」
 辿り着いた先は、セルフィの部屋。遊びに来るゼルが迷わないようにと、ゼルの目線の高さに、大きなシールが貼ってあるのですぐにわかる。
 開けようと思って傍と気が付く。ドアの取っ手も呼び鈴も、随分上のほうにある。
「うーん……」
 ゼルは必死に考えた。
 いつもサイファーはどうしている?
「あ、そうだ!」
 小さな足が振り上げられ、ドアを勢い良く蹴った。そして可愛らしい声がサイファーが言うセリフを真似た。
「おいこら。ここあけやがれ!」

 仰天したのは、中に居た人物だ。
「え、ゼル〜?」
 慌ててドアを開ければ、ゼルが嬉しそうに立っている。
「せふぃ!」
 にっこり笑ってセルフィの足にしがみ付く。
「あれ、一人?」
「うん! これ、きすてぃにもらったの。あげる!」
 にゅっと差し出されたのはキャンディー。
 お礼を言い、部屋の中に招きいれながら、念のため廊下を見る。やはり一人のようだ。
「アービン、ゼルが一人で来たみたい〜」
「一人で?」
 寛いでいたアーヴァインを見つけたゼルが助走をつけてアーヴァインに飛びつく。それを難なく抱きとめたアーヴァインの顔がだらしなく緩む。
「ゼル、どこからきたの〜? サイファーの部屋じゃないよね?」
「うん、おしごとのおへやにいたの」
 それは一体何処だ、とセルフィとアーヴァインは顔を見合わせる。
「そこには〜誰がいた〜?」
「きすてぃと、すこっ!」
 ぷっとアーヴァインが吹き出し、慌てて横を向いた。
 ゼルがスコールを呼ぶ呼び方が可笑しくて仕方が無いのだ。小さい「つ」が語尾に必ずつくため、気が抜けるというか、転びそうというか。
 スコール本人も最初は複雑そうな顔をしていたものの、今ではそう呼ばれるたびに頬が緩んでいる。
「ああ、スコールの執務室か……って、一人で階段昇り降りしたの?」
「うん! ぜる、がんばった!」
 セルフィがあちゃー、と天井を仰いだ。
 幼児の階段の昇り降りはどう考えても危険だ。しかも、スコールの執務室近辺は急ぎのSeeDや教官が行き来するため、危険度はさらに増す。だから、誰からと言うことなく、ゼルを一人で歩かせないようにしていたのだ。
 なのに。
「……当の本人が単独行動しちゃったわけだ。育ての親が親だからしょうがないのかな……。あ、そうだ、ゼル〜」
「う?」
「ドアはね、蹴る物じゃないんだよ〜。お部屋を訪ねたら、手で、コンコンコンってするんだよ」
「こん?」
「うん」
 アーヴァインが軽くテーブルを叩いてノックのお手本をしてみせれば、ゼルもすぐに真似をする。
「ノックすると、中の人が、だぁれ、とか、どうぞとか言ってくれるから〜」
「そーなんだ」
 ゼルの只でさえ大きい目がさらに大きく見開かれ、尊敬の眼差しでアーヴァインを見ている。
「今度、やってみてね」
「うん!」

 「けど〜、サイファーはんちょ、焦ってそうだよね〜」
「あ〜そうだねぇ……心配の余り、怒り狂ってるかも」
 セルフィとアーヴァインの二人に遊んでもらったゼルはこの上なくご機嫌。しかし、セルフィたちの会話に、ゼルの顔が怪訝そうなものになった。
「ぜる、わるいこ? さいふぁにばかって言われる?」
 不安げな表情、大きな目には薄っすら涙。ちょっと小首を傾げて言うその舌足らずな言葉。
 悪くないよ〜良い子だよ〜賢いよ〜……と、ゼルが揉みくちゃにされたのはいうまでもない。

 その頃。
 執務室では呆然自失状態のサイファーと、何やら一人で電話を掛け捲るスコールがいた。
「あんたは馬鹿だ! どうしてガーデンの中を探す前に各国の要人に連絡をとるんだ! だいたい、ゼルが一人でガーデンから出るはずがないだろう!」
「はっ、相変わらず冷てぇことで! ゼルがいねぇんだぞ、一大事に決まってんだろうが!」
「ああ、確かに一大事だ! だからといって……」
 スコールが言い募ろうとしたとき。
 サイファーの携帯が着信を知らせた。
 凶悪な声で無造作に会話をするサイファーの顔が、俄かに引き締まり、SeeDのそれになった。
「……ああ? なんだ……とぉ!? ゼルに傷ひとつ付けてみろ……承知しねぇ……畜生、切りやがった……」
「どうした?」
「ゼルが……伝令女の部屋からの帰りに、テロリストに拉致られたらしい」
「はぁっ!?」
 スコールの声が裏返った。そんな馬鹿な。
「ちょ、ちょっとまて、セルフィの悪戯や冗談の可能性は?」
「ない」
「根拠は?」
「そんな性質の悪ぃこたしねぇだろ。ついでに言えば、ゼルを救出しようとした鉄砲撃ちと伝令女、ふたりとも捕まったみてぇだ」
 
<続く>
NEXT | TOP

-Powered by HTML DWARF-