ゼル、料理する

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 サイファーの部屋が、緊張感で張り詰めている。
 部屋の主は、すぐにでも飛び出せるよう、体勢が整っている。
 今、ゼルがキッチンにいる。
 何故だか知らないが、最近急に料理に目覚めたらしい。
 セルフィやキスティスの部屋、果ては食堂の厨房へ転がり込んでは料理を教わり、出来るようになったと言ってはあちこちへ振舞っている。
 
 その、練習に付き合うのがサイファーの役目だ。それと、熱中しすぎるゼルを止めるのも。
 さっきも、アーヴァインから電話がかかってきた。
 キスティスの部屋がどうも賑やかで、ゼルの声がする〜、と。
 言われて時計を見れば既に夜10時を過ぎている。
 なるほど、女性の部屋にお邪魔するに相応しい時間ではない。舌打ち一つして、キスティスの部屋に向かう。

 「ったく、悪かったな。次回からは適当に放り出してくれて構わねぇからな」
 サイファーに襟首をがっちり捕まえられたゼルは、自前の、水色のッチェックのエプロンとおそろいの三角巾を身につけ、制服の袖を肘まで捲り上げている。
 その右手には包丁、左手にはジャガイモ。ほっぺたにはマヨネーズ。
「で、何を作ってたんだ?」
「ポテトサラダよ。どうしても作れるようになりたいんですって」
 苦笑したキスティスがゼルに見えないところで小さく指でバツを作る。ゼルが一人で作るのは危険、ということだ。
「……そうか。チキン、帰るぞ」
「おう! 先生、またな! おやすみー!」
「はい、おやすみ」

 就寝の挨拶をしたものの。
 現在の時刻は午前1時。ゼルはずっと、サイファーの部屋のキッチンで格闘している。
「ったく、本気だったのかよ、ポテトサラダ」
 数日前見たサスペンスドラマの影響だ。たしか、ポテトサラダが殺人の動機であり、主人公達の愛を深めたのもそれであった。
 それを見た後、どこが泣けるポイントだったのかサイファーにはちっともわからなかったが、号泣したゼルが、ポテトサラダを作るのだと宣言したのを覚えている。
 それだけゼルの気合が入っているものだから。何が起こるか、わかったものではない。
 缶ビールを煽るときも、床に落としたスルメを拾うときも、サイファーの視線はゼルからそらされることはない。

 「ううっ……」
 不意にゼルが頭を抱えた。イライラと足踏みまでしている。
(ん!? そろそろくるか?)
 サイファーはビールの缶をそっとテーブルに置き、そっと椅子から立ち上がった。
「んーっ! ちきしょっ……」
 ゼルの手が、ジャガイモの入ったボールを抱え上げた。
 そして集中力がぐっと高められているのがわかる。
「まちやがれっ!」
 ゼルが技を発動する寸前、サイファーがその手からボールを取り上げた。

 「あのなぁ……こんなちっせぇイモにヘッドショックやってみろ」
「うう……」
「慣れねぇ料理でイラ立つのもわかるけどな、特殊技はどうかと思うぜ?」
 面目ねぇと項垂れたゼルに、サイファーはとどめとばかりにお前がここに居候している理由を思い出せ、とため息混じりに言ってみた。
 完全に頭を抱えて上目遣いでサイファーを見るゼルは叱られた子猫のようで、サイファーは笑いを堪えるのに難儀した。

 そう、ゼルの部屋は今、修繕中で立ち入り禁止。
 キッチンで魚をさばいていたゼルが、やはり苛立って「メテオバレット」もしくは「俺式ファイナルへブン」を発動させようとしていた。
 気が付いたサイファーが咄嗟に背後から抱きしめて濃厚なキスでゼルの動きを封じなかったら……ガーデンは半壊していたに違いない。
 ガーデンを救った男・サイファー。
 その事実を知らされたゼルの部屋の隣近所の住人達は、全身打撲で絶対安静を言いつけられたサイファーの見舞いに大挙して押し寄せた。
 サイファー人気がぐぐん、と上昇してしまった。
 最初は喜んでいたゼルだが、ご機嫌が次第に悪くなっていく。
「ちぇっ……アンタは俺のものなのに……」

 こんなわけで。
 ゼルは今、サイファーの看病と行き場がないのとで、サイファーの部屋に居候している。
「わかったら、そろそろ寝ろ。慣れねぇことやんのは、昼間にしろ」
「ん、わかった……」
 それでも未練たらしくキッチンを見るゼル。
 サイファーはひとつ苦笑して、その身体を引き寄せ、額に、瞼に、唇に、首筋に……優しいキスを落とした。
(わりぃな。料理することを忘れてもらわねぇと困るんでな)
 ゼルが料理を忘れるまで、あと少し。


<END>


書きたかったのは、エプロンと三角巾のゼルだったり(笑)
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