庭に縛り付ける唯一の物

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 ガーデンの廊下を、金色の竜巻に続いて白い疾風が駆け抜けた。
 その正体は前者がゼル・ディンで後者がサイファー・アルマシー。
 サイファーは苦虫を噛み潰したような顔のまま、とある部屋の前で急停止した。
 そのまま部屋のドアをガンガン叩いてロックを外すよう促す。
「チキン! とっとと開けやがれ! 開けねぇとぶっこわすぞ!」
「……ヤだ」
 扉の向こうで、小さく小さく拒否の言葉。
 サイファーだから聞き取れた言葉に、ただでさえ物騒なノックはますます激しくなる。
「コラぁ、チキン!」
「いやだぁ!」
「嫌だじゃねぇっ!」
 そうこうしている間に、スコールが駆けてくる。
「サイファー。まま先生からだ」
「おう」
 放物線を描いて投げられたそれをぱしっと受け取ったサイファーは一瞬眼を瞠った。
 鍵束の鍵ひとつひとつに、丁寧に部屋番号と名前が書いてある。懐かしい、まま先生の字だ。
 その中から、ゼル、と書かれた物を掴み取る。
 
 「チキン!」
 毛布を掴んだ人影は、間一髪サイファーの指をすり抜けてバスルームへと逃げ込んだ。と同時に、カチリとロックされる。
 ダン、とドアを叩くと即座に
「いやだ」
と反応がある。
「……まだ何も言ってねぇ」
 バスルームのドアの向こうで、ゼルがずるずると座り込む気配がする。
 恐らく、毛布を頭からすっぽり被ってきっちりと身体を覆っているのだろう。困惑此処に極まれり、といった状況に陥ったゼルが幼い頃からとってきた行動だ。
 サイファーは大きくため息を吐いた。
「そのままでいいから聞けよ。俺らはちゃんと話が聞きてぇだけだ。俺もスコールも待つ。話しても良いと思えたら……出て来い」
 暫らくの沈黙の後、ゼルがごそごそと動く気配がする。
「……いつまで?」
「ああ?」
「……今日中? 明日中?」
 きっと毛布から子猫のように鼻先だけだして真剣にこちらの様子を窺っているだろう。
 こんな仕草は本当に変わっていない。
 毛布を被ったゼルは可愛らしいやら滑稽やらで笑いを誘うに十分なのだが、ここで笑ってはいけない。臍を曲げてしまう。
 スコールをちらりとみれば、ぷいっと横を向いている。
 ヒクヒクと頬が痙攣しているのは同じことを想像しているからに違いないが、手をひらひらと振った、
 さっさと任務を遂行しろ、ということらしい。
「いつまででも待ってやる、だからかちゃんと話せ」
 サイファーらしくない優しい声音に、ゼルが緊張を解く。
「……わかった」

 食堂へ戻ったサイファーとスコールはどさりと椅子に座り込んだ。
 スコールが上着のポケットから一通の封筒を取り出す。
「何を考えているんだ、ゼル」
 テーブルの上に置かれた封筒には、退職願の三文字が。
 中身の便箋には、丁寧な文字で一身上の都合により退職させてほしい、としか書かれていない。
 その、一身上の都合とやらを聞こうとして、ゼルに猛スピードで逃げられること早五日。
 うっかり近寄ろうものなら威力を抑えたヘッドショックだのドルフィンブロウだのが炸裂する。
 こんなとき、ゼルの恐ろしさを痛感した。
 ゼルがその気になれば、その場で自分達の息の根を止めることも可能なのだ、恐らく。
 今までどれほど喧嘩をしようとも、ゼルが仲間に対して「凶器」を向けたことがなかったから気が付かなかっただけのこと。
「お、チキンがきやがった」
「ゼル、こっちだ」
 くるりと逃げ出そうとする背中に、すかさずスコールが声を投げる。
 己に掛けられた声を振り切って逃げるような真似は、彼には出来ないと。
 トボトボと寄ってくるが、なかなか椅子に座ろうとしない。
「ったく、メンドくせぇ」
 サイファーがゼルの身体を無造作に抱え上げ、抵抗する間もなく自分の隣に無理矢理座らせた。
「うげっ!」
 ゼルは慌てた。
 右にサイファー、左は壁。向かいにスコール、後ろは壁。
「さぁ、ゼル、話してくれないか?」
 真剣な二人の気配に圧倒されたゼルはぽつんぽつん、と胸のうちを吐き出した。
 
 ゼルの話を聞き終わった二人は、一様に沈黙して難しい顔をしていた。
「サイファー? スコール?」
 あんまり二人が黙っているので苦しくなったのだろう、ゼルが恐る恐る声を掛ける。
「ったく……」
 苦笑を零したサイファーがゼルの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「な、なにすんだよぉ……」
 いつもなら威勢よく咬み付くゼルだが、今日は大人しい。
「てめぇ、バラムへ逃げ帰った後はどうするつもりだったんだ?」
「知り合いのバーの親父が雇ってくれるって言うからさ、そこで働かせてもらうことになってる」
「その後は?」
「自分の店を持たせてくれることになってる」
 そこまで決めてしまったのか、と、知らず二人の唇から溜息が洩れる。
「俺もう決めたんだ。だから、許してくれよ」
 席を立ちながら泣きそうな顔で訴えられて、サイファーもスコールも何も言えなくなってしまった。 

 このままだとすぐにでもガーデンを飛び出してしまいそうな感覚に陥り、スコールは自分でも滑稽だと思いながらゼルのスケジュールを任務で埋めてみた。
 辞表が受理されていない以上、ゼルは命令拒否できない。
 それに。
 微々たるものではあるが、戦闘と任務をこなすことで、ゼルの気が変わってくれやしないかと、期待をこめてみた。

 スコールもサイファーも食堂から動く気力が湧かなかった。
 思えばゼルの様子はずっとおかしかった。
 決定的におかしくなったのは、サイファーがガーデンに戻り、SeeD試験を強制的に受けさせられた挙句、スコールが監視しやすいように『総司令官補佐』という役職を押し付けられた辺りからだ、とスコールは思い起こす。
「あんた、やっぱすげぇな! 流石だぜ!」
 誰よりもそのことを喜んでくれたのはゼルだったが、賞賛の中に一抹の寂しさを感じたのはサイファーの錯覚ではなかったらしい。
 ふと周りを見てみれば、キスティスは教官になったし、セルフィとアーヴァインはそれぞれ縁のあるガーデンに対する受付窓口のようになっていて多忙を極め。
 そんな彼らに、尊敬と賞賛の眼差しは惜しげなく注がれている。
 そんな中にあって、自身が見捨てられたとゼルは思ったらしい。それがエスカレートし、ついには「もういらない人間なのだ」と思い込み、その結果『辞表』となった。
 結果だけ突きつけられたほうにしてみれば疑問符だらけのゼルの行動だが、ゼルにはゼルなりの理屈が合ったわけで。
「正直、ここまでゼルが思いつめているとは思わなかった」
「あいつの自信喪失は日常茶飯事だったからな、今回もどうせそれだろうと……」
「ゼルは魔女戦の一員だということを他人に意識させないが……」
「それが裏目に出たのかもしんねぇな。ったく、チキンもチキンで相変わらず自分は大したことしてねぇとか言ってやがるしよ……」
 現在多忙なメンバーを根本的なところで支えて癒しているのはゼルだ。出来る限り任務へ出るメンバーの見送りをし、帰って来ると聞けば出迎える。
 自身の任務の合間を縫ってサイファーに対する誤解や偏見を和らげ、尊敬の度が過ぎてスコールたちと距離を取ろうとする連中との橋渡しを担っているのもゼルだ。
「チキンのいねぇガーデンなんざ……」
 俺の居場所じゃねぇんだよ。サイファーが苦しげに呟いた。

 食堂を追い出されてから自室に戻り、ベッドにひっくり返ってゼルを引き止めるための口実をあれこれ考えていたスコールは、ゼルをガーデンに繋ぎとめておくための強力な楔がないことに愕然とした。
 自分はガーデンを追い出されたら行き場がないが、ゼルにはある。
 自分やサイファーにはガーデンを去るに去れない「責任」があるが、ゼルにはそれがない。
 仕事が好きで。仲間が好きで。ガーデンが好きで。
 だからゼルはガーデンにいた。
 しかしその根っこの部分が揺らいでしまった今。
「何だ、何かないのか……?」

 今にも飛んでいってしまいそうなゼルをガーデンに縛ことのできる物。
 それが見当たらない。
 サイファーも、ベッドに転がって考えていた。
「俺にとっちゃチキンが楔だが……」
 ゼルが本気で泣いて怒って殴りかかってきたから、サイファーはガーデンに戻ることを了承した。
 だがゼルにとってサイファーは仲間の一人でしかないらしく。
「みすみす、チキンを逃がしてたまるかよっ……」

 ゼルを繋ぎとめる楔。
 それが見当たらなくてついに学園長に助けを求めたが、学園長はゆっくりと首を横に振った。
 自分達で探しなさい、と。
 そして、お互いに思っていることを皆で話し合って見なさい、と。

 ゼルが帰ってきたら、みんなで話し合おう。
 アーヴァインもキスティスも、セルフィも、全員直ちに任務先から呼び戻して。
 決着がつくまで、全員任務は無しだ。
 スコールはそう結論を出し、端末へと向かった。


<END>



うーわぁ、わぁあ。
後味の悪い話だ……。
ホントは楔が見つけられなくて絶望するサイファー、まで書いていたのですが……。
あまりに長いのと暗くて救いようがないので止めました(笑)
管理人に一言(WEB拍手ではありません)

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