見捨てないでくれよな!

TOP
 面会謝絶の札の下がった病室。
 その窓際に置かれたベッドに寝かされた小柄な体。
 その全身いたるところに白い包帯が巻かれている。
「……いい加減起きろよ、テメエ」
 サイファーの搾り出すような声にも彼は反応しない。

 任務中に大怪我をし、部屋の前で倒れているところを発見されここへ運び込まれた彼を、入れ替わり立ち代り、仲間たちが看病に訪れる。
 本来は面会謝絶なのだが、医師を拝み倒したごく一部の人だけが入室を許されている。
「ゼル、何があった? その怪我、本当に任務だけか?」
 スコールが語りかけるが、反応はない。

 先の魔女戦の後、サイファーを赦した自分達に反感を持つ輩が大量に出たのも、知っていた。
 しかしその一部が危険分子であること、ゼルが一人理不尽な目に遭い、大変な苦労をしているということは、知らなかった。
 というか、巧みに情報が操作され、スコールたちの耳に入らなかった。
 
 そもそも。
 いかに赦せなかろうと、サイファーとスコールに刃を向けるような人物はまず存在しない。だからと言ってアーヴァインに手を出せば大量の女子を敵に回す。キスティスもファンクラブのメンバーが黙っちゃいない。
 となれば、残りはセルフィとゼル。
 セルフィにはアーヴァインが常に張り付いて口説きまわっているので手を出す隙はない。
 標的はゼル一人に絞られた。
 元々、どうしてあんなヤツがSeeDになれるのだ、どうしてあんなヤツがサイファーやスコールに可愛がられるのだと、やっかみ半分陰口を叩かれているゼルだ。鬱憤晴らしの標的にはちょうど良かった。
 
 質の悪い集団ヒステリーとも呼べる仕打ち。
 ゼルはそれを一人で黙って耐えていた。
 
 その日、たまたまとんでもない「ゼルイジめ」の相談を小耳に挟んだのは、先達ての任務で負傷したセルフィと、ようやく傷が癒えたアーヴァインだった。
 ある教室に屯している連中は、ゼルをドラゴンたちの前に置き去りにして数日たつ、そろそろくたばった頃じゃないか、とを声高に話し、もし生きていたら次回はどうしようかと興奮気味に相談していた。
 仰天したセルフィがスコールの元へ駆け込み、アーヴァインが室内に踊りこむ。
 スコールがサイファーと共にゼルの部屋へ行ってみれば、ゼルが部屋の前で倒れていた。
 抱き起こしたサイファーにも反応しない、ゼル。
 スコールもサイファーも、己の血がざっと引く音を、確かに聞いた。

 
 過労と衰弱と大怪我。
 これで命があるのは鍛錬を怠らなかった頑健な肉体と強靭な精神力のおかげだが、非常に危ない状態だと、診察した医師は言った。
「危ない……ってどういうこと?」
 アーヴァインが戦闘後の引き締まった表情のまま医師を見る。
 遅れて駆けつけてきたキスティスとセルフィも、不安そうに医師を見る。
「このまま目を覚まさない可能性もある。何らかの事情で彼自身が、起きることを拒んでいると言えばわかりやすいか?」
 眼をパチパチさせる一同に、医師は告げた。
 この怪我はモンスターだけではない、複数回にわたって暴行を受けた痕跡がある、と。
 アーヴァインとセルフィはやはり、と小さくため息をついた。
 
 そんな中、サイファーの取り乱しようは凄かった。
「ゼル、目ぇ覚ませ! 何とか言いやがれ! 起きろ、頼むから起きてくれ……」
 ゼルの身体に縋り付き、名前を呼び続ける。ゆさゆさと身体を揺らしたり、ぺちぺちと頬を叩く。
「お前を小突き回していいのは俺だけだ。オラ、起きろ、チキン!」
 仕舞いにはゼルをベッドから引き摺り下ろそうとする。
 キスティスがそっとスリプルを放った。
「う、ゼ……ル……」
 くたりとゼルの上に崩れ落ちるサイファーを寸前でスコールとアーヴァインが受け止め、隣のベッドへ寝かせた。
「司令室へ集まらない〜?」
「セルフィ、あなた何か、知ってるのね?」
「うん」
 
 司令室を後にした一同の眼は、魔女戦の時のそれと同じ光を灯していた。
 今のサイファーにはとても聞かせられない話がある。
 ゼルが一人で苛烈な虐めに耐えていた理由と深い眠りについてしまった原因。
 アーヴァインが、拘束し司令室に放り込んでいた連中を締め上げ、話を聞きだしたところによると、今回の大怪我はドラゴンの巣を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、その場にゼル一人を置き去りにしたことによるものだった。
 ゼルはたった一人でドラゴンを倒し、自力でガーデンまで戻ってきた所で力尽きた。
 スコールの眉間に深い皺が刻まれた。キスティスが素早く制止の声を掛けなければ、ガンブレードから血が滴ったであろう。

 そして、医師が言うところの暴行。
 連中は、ゼルが決して見捨てることが出来ないものを、己を犠牲にしてでも護りたいと思う物を、傷つけるぞ、と脅迫していた。
「お前らごときに傷つけられるような連中じゃねぇよ。あいつらは俺よりずっと優秀だからな」
 ゼルはにっ、と不敵に笑った。
 彼らはそれが気に入らなかった。不敵な顔ではない、怯える顔が見たいのだ。
 ゼルが最初に抵抗した翌日、アーヴァインに傷を負わせた。
 二度目の抵抗後、セルフィを傷つけた。
 三度目、ゼルの可愛がっている下級生が怪我をした。
 四度目、サイファーとスコールを傷つける計画は既に出来上がっている、と、ゼルに囁いた。お前のせいでアーヴァインとセルフィは怪我をしたのだ、どう責任をとるのだと、散々吹き込み続けた。
 ゼルの生気に満ちた瞳が凍りつくのに、そう時間はかからなかった。

 当初、ゼルは諾々と彼らの言いなりになっていた。
「あいつらに手ぇだしてねぇだろうな? 俺が言うこと聞きゃ、手はださねぇって約束だろ?」
 相変わらず不敵に笑い、どんな屈辱的なことでもやってのける。
 だが、それでは面白くない。抵抗する獲物を仕留めたいのだ。
「そうだ、囲んだ俺たち全員を倒せた時は、何もしなくていいぜ?」
 面白半分に誰かが提案した。
 
 ゼルは強かった。否、さらに強くなっていた。
 隙を見ては一人倒し、二人沈めていく。このガーデンの中でゼルにかなう格闘家はいない。もともとの素質に、怠ることのない鍛錬と豊富な実戦経験が加わっている。
 たとえ魔法もG.F.もジャンクションしていなかろうが多人数相手だろうが、ゼルには敵わない。
 今日も、女子一人をのこして全員が床に座り込んでいる。
「くそっ、強ぇ……」
「んだよ、もう終わりかよ。そんなんじゃ、任務に出たら死ぬぜ?」
 上下に動く肩と荒い呼吸。
 ギラギラした眼と上気した頬。滴る汗が光る。
 それを見ていた女子が、信じられない発言をした。
「ねぇ、ヤっちゃいなよ」
「は?」
 ゼルを含めた大多数がその発言の意味がわからなかった。
「あたしね、こいつがアルマシー先輩と一緒に居るのが許せないの。だから、穢してしまえ」
「……何言ってんだ?」
「男だもん、平気でしょ。子どもができるわけじゃないし」
 ゼルの瞳が今度こそ恐怖と驚愕に見開かれた。
 
 ボロボロの心身を引き摺ったまま、ゼルは翌日任務に出た。
 任務内容はドラゴンの巣の駆除。さほど難しくはない……はずだった。
「ち……くしょ……俺だけ残して帰還しやがった」
 悲鳴を上げる心身を騙し騙しガーデンへと向かう。身体が痛いのか心が痛いのか、解らない。
 だが。ガーデンの前で足が竦んだ。ここへ帰ればまた。
 ゼルの心に、初めて隙間風が吹いた。そして自室のドアが見えたところで、ぷつんと意識が途切れた。

 事情を理解しゼルを救う計画を立てたスコールたちは迅速に行動に移した。
 ゼルが傷付かないよう、噂が流れないよう、一人も取りこぼさないよう……あらゆる注意を払って主要メンバーを捕らえ、学園長に突き出した。本当なら自分達の手で落とし前をつけたいところだ。だが、そんなことをしてもゼルはきっと喜ばないだろうから。

 「ゼル、気分はどうだ?」
 声を掛けると、白いベッドの上の小柄な人影がくるりとこちらを向いた。
「あ、あんたは『すこーる』だよな! 調子良いぜ」
「そうか」
「さっき、『あーびん』と『せふぃ』が来てくれたんだ」
「良かったな」
「明日は、なんとかって美人を連れてきてくれるって。楽しみだぜ」
 にっ、とベッドの上で笑うゼル。
 ようやく眼を覚ました彼は、記憶を封じてしまっていた。
 事件のことはもちろん、自分の名前も、格闘技の技術も、どうしてガーデンに在籍しているのかも、何もかも忘れてしまった。
 とりあえず退院し、ガーデンの自室に戻ったものの、こうして一日中ベッドの上で過ごす。たまに部屋から出ることもあるが、大抵深夜早朝、人が居ない時にのみだ。
 それも、決して一人では出ないこと、と約束をしてある。
 昼間に部屋から出ると、恐怖だけが蘇ってくるのか恐慌状態に陥って意識を失う。そして本人はそんな己が理解できずに、苦しんでいる。
「なぁなぁ。俺さ……金髪の美人と仲良かったか?」
「金髪美人?」
「こう……緑っつーか蒼つうーか……そんな眼で……思い出せそうなんだけどなぁ……」
 はぁ、とため息をつくゼルの横顔は本当に深刻そうで辛そうで、スコールはこの場に居ないあの男を恨んでしまう。
 サイファーは、一度もゼルの見舞いに来ていない。
 そのサイファーは、ゼルの分の任務を引き受けながら、空いた時間で残党狩りに精を出している。
 自分と一緒に居るから、自分の名誉挽回にゼルが積極的だから、最愛のゼルが酷い目にあった。
 サイファーはそう結論を下したらしい。
「俺のことを思い出すまでは、絶対に言うな。忘れたままなら、それで良い」
 不満を唱える一同を一喝したサイファーは、ひどく辛そうだった。

 あれから幾日も経つ。
 あんた間違ってる、とスコールは思う。
 ゼルは、サイファーが思い出せなくて苦しんでいる。たまに出される鶏肉料理を凝視しては、チキン、チキン、と繰り返し呟くのも、そのせいだ。一度など、
「俺の名前って、もしかしてチキンだったりしねえ? ゼルってのはホントの名前か?」
と大真面目に聞かれたくらいだ。
 もちろん、ゼル・ディンが名前でチキンは甚だ不名誉な綽名であると説明したが、命名者が誰であるかは伏せておいた。
「なあ、スコール、俺、大事なこと忘れてるよな、きっと」
「……気にするな」
「俺、頑張って元気になるから、見捨てないでくれよな!」
 ゼルはにかっと笑って拳を突き出した。
 
 

―END―





……ちょっぴりシリアスなサイゼルを書くはずだったのが、なんでこんなにわけわからん物になったのでしょう?
やっぱアレかな、レポートてんこ盛りで参ってるから、でしょうね。
管理人に一言(WEB拍手ではありません)

TOP

-Powered by HTML DWARF-