困った。

 事務所のソファーで苦笑を浮かべるゴドーを見て、裁判所から戻ってきた成歩堂が、苦笑を浮かべた。
 小声で、ゴドーにだけ聞こえるように挨拶をする。
「只今戻りました」
「おかえり、だぜ」
 ゴドーも小声で素っ気無い挨拶を返してくる。だが、成歩堂には、そのマスクの下の眼差しが柔らかいだろうことがわかる。
 それだけで疲れが吹っ飛ぶ自分は相当現金なヤツだなぞと思いながら、足音を忍ばせてゴドーの傍へと歩み寄る。
「ずいぶん、懐かれましたね」
 小声で囁けば、クッ、と笑い声。
「動かしましょうか?」
「いや、もう少しこのままでいいだろうぜ」
 わかりました、と、矢張り苦笑した成歩堂は、テーブルに置いてあるゴドーのカップが空なのに気がついた。
「コレ、淹れてきますね」
 返事を待つまでもない。

 珈琲を注ぎながら、成歩堂はちらりとソファーに視線を投げた。
 ゴドーの膝に座って胸に頭を預けて寝ているのが春美。ゴドーは、春美がずり落ちないように、そっと支えている。
 そんなゴドーの右肩に凭れて寝ているのが、真宵。
 そして、ゴドーの左の太股の辺りにはコネコ……今朝ゴドーについて此処まできてしまった、本物の猫だ……が丸まっている。
「はい、ゴドーさん」
「すまねぇな」
 カップを受け取り、いつもどおりアロマを堪能するためにほんの少し、ゴドーが動いた。
 その途端。
「んっ……」
「うーん……」
「……ンニー」
 三箇所から、抗議の声が上がった。
 これには流石のゴドーも驚いた。その結果、驚きと困惑のあまりカップを中途半端に掲げたまま絶句するゴドー、という極めて珍しいものを、成歩堂は見ることになった。
 だが、しかし、若干ではあるが、面白くない、という気持ちが成歩堂の心中に芽生えている。
「どうしたんだい?」
 聡いゴドーが、意地悪く……否、成歩堂には意地悪く聞こえるだけで、普通に……聞いてくる。
「……いえ、なんだかとられちゃったなぁ……って思っただけです。ってゴドーさんだってそんなことわかってるくせに」
 冷や汗を垂らしながら答える成歩堂の心中など、当然ゴドーはお見通しだ。
「クッ……。それでもアンタの口から聞きたかったのさ、まるほどう」

 その後。
 ゴドーは更に困惑を深めることとなる。
「コネコが四匹お昼ね……流石に困っちゃうぜ!」
 とは言いつつも、成歩堂の無防備な寝顔を存分に堪能していたゴドーは、さっき成歩堂が可愛いことを言っていたのを思い出した。
「オレはアンタのモンって証をあげちゃうぜ!」
 真宵と春美が良く寝ているのを確かめてから、受け取りな、と呟いて、その首筋にくっきりと刻んでおいた。
 後々、それに気付いた成歩堂は真っ赤になって怒るだろう。
 そんな彼と、言葉遊びをするのと適当な理由で丸め込むのと、どちらが楽しいだろうかと淡く笑みを浮かべる、ゴドーであった。


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