指を絡めて

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 独眼竜の居城へ招待されて滞在している幸村は、政宗のある仕草がとても気になっていた。
 単なる好敵手として対峙していたときには気付かなかった、ちょっとした仕草だ。
 ふとした瞬間に、眉根をぎゅっと寄せ、眼帯をすっぽり掌で覆うようにする。
 最初は活発すぎる本体の動きについていけずにズレてしまった眼帯の位置を直しているのかと思ったのだが、どうも様子が違う。位置を直すだけならば、眉根を寄せる必要はない。
 本人に直接尋ねてみようと幾度も思ったのだが、その仕草をするときの政宗は必ずいつもと様子が違うため、調子が狂ってしまう。
 だから幸村は、ひたすら政宗を観察した。自分で答えを見つけようと思ったのだ。

 だが、困ったことに。
 政宗は幸村が傍にいるときにはその仕草をしないのだ。しそうだな、と思って息を殺していても、
「HEY、幸村、こっちへこい」
とか何とか異国語を並べて、幸村を絡めとる。だけにとどまらず、
「あんたの唇は飽きねぇな」
「なっ、何を……」
 頬や唇を音を立てて吸われる事も日常茶飯事。
 目を白黒させて立ち尽くす幸村に、異国流の挨拶だと教えてくれたのは、竜の右目、片倉小十郎だった。
「誰にでもそんな挨拶をするわけじゃねぇ」
「そうなのでござるか」
「ああ、ま、真田は政宗様の特別だからな」
「特別?」
 小十郎に頭をくしゃりと撫でられ、幸村は不思議な心地になったのを覚えている。

 それはさておき。
 同時に六本もの刀を操ることができる政宗の腕は異常なほどに発達し、幸村一人拘束するくらい、わけはない。もちろん、幸村も日々鍛錬を怠らぬ見事な肉体の持ち主、本気で抵抗すれば政宗とて苦戦するに違いないが、幸村には抵抗する理由もないので、されるがままだ。
 というか、抱きしめられるのは嫌ではない。政宗のぬくもりや鼓動を感じるのは、幸村の至福のときでもあるからだ。
 互いに戦場に身を置く者同士である。明日はないかもしれない。鼓動が聞こえるということは、血の通った腕が己を抱きしめていると言うことは。
「幸せなこと」
 なのだと幼い幸村に教えたのは、実は佐助である。
 それは伊達主従とて同じと見えて、時に小十郎にしがみ付いて彼の鼓動を確認している政宗がいたり、幸村の背にぴったりと耳をつけて鼓動を聞いている政宗がいる。

 しかしやはり、というか、当然、というか、幸村に対してそれだけで済む政宗ではない。
 惚れた相手にくっついていて欲情しない方がどうかしていると、幸村には理解しがたいことを撒き散らす政宗は、幸村が怒ろうが喚こうが、不埒な行動にうつる。
 そうなれば幸村は、その場で袴を引き下ろされたり着物を肌蹴られたりしないよう防御に励んだり、襟元やら胸元から滑り込む手を叩き落としたりするのに忙しくなり、政宗の些細な仕草のことは一瞬忘れてしまう。
 が、政宗の不思議な仕草のことが心の片隅から消えることは無い。

 その仕草をしている一瞬の間、政宗が全てのもを拒絶し、噴出そうとする何かを押さえつけようとしているように見えるからだ、と、幸村が理解したのは、城の奥から戻ってきた政宗の姿を見たときだ。
 ふいに廊下で足を止め、眉根をぎゅっと寄せ俯いたかと思うと、眼帯をぎゅっと覆った……否、ギリギリと掴んだ。
 何か、酷く心に堪えることがあったときにそうするのか、と、言葉で理解するより早く、幸村の本能が理解した。
「政宗殿!」
 とっさに飛び出した幸村は、眼帯を覆ったままのその指を引き離して己の指と絡めた。
「真田……幸村」
「はい」
「アンタ……」
「その……政宗殿が苦しんでおられるというのは、わかり申した」
「Ha……」
 何か言いたそうな政宗の口を、幸村の空いているほうの手がそっと塞いだ。
「片倉殿もお傍に居り、そっ……某も、近いところに……」
 何を言うのか、と、政宗がゆっくりと瞬きしながら幸村の真剣な顔を見る。
「全てを語れとは申しませぬがっ……少し、某にも話してくだされ……政宗殿にそのようなっ……拒絶されるのはたまりませぬ」
 幸村の震える両腕が政宗の背中にまわされ、政宗は幸村に真正面から抱きすくめられる格好になった。
「め、珍しいこともあるもんだな……」
「政宗殿の心が泣いているのが幸村には聞こえました。それを慰めるのは、片倉殿が畑に出ておられる今、某の役目かと」

 畑から戻った小十郎は、縁側に座って談笑する政宗と幸村の姿を見つけた。
 その幸村の指先に見慣れたものが絡まっているのを見て、ふっと笑みを洩らした。
 政宗が、よほど親しいものにしか見せない、その右目。どうやら政宗が自ら眼帯を外したようだ。
 同時に、政宗の顔がひどくすっきりしているのが遠目にもわかる。
「真田を城に呼び寄せたのは、正解だったな」
 政宗に天下をとらせるためなら、政宗の心身の安定のためなら、自国の将は当然のこと、敵将だろうが同盟国の将だろうが、何だって利用する。
 
 幸村が、政宗の右目に眼帯を戻した。
 その隙を突いて、政宗が幸村を廊下に押し倒した。
「あ」
 思わず小十郎は声を発してしまい、慌てて咳払いをする。
「やめ、やめてくだされ、政宗……どのっ……」
 今までののどかで落ち着いた雰囲気はどこへやら。
 一気に怪しい雰囲気になった縁側から、幸村の必死の拒否の声が聞こえるが。
「あれでは、政宗様を煽ることにしかならないと、どうしてわからないかな」
 だが、いくらなんでも、縁側で事に励むのはいかがなものだろう。
 政宗が満足するまでそんなところで抱かれ続けたら、尻だけでなく背中も腰も通常以上に痛くなるだろうし、だいたい、幸村は行為に集中できないだろう。それにまだ日は高く、幸村でなくとも恥ずかしい……というか、政宗にもそのくらいの嗜みや恥じらいは持っていて欲しい。だいたい城の風紀を乱すことにもつながりかねない。
 政宗様を元気にしてくれたお礼だ、と、小十郎は口の中で呟き。
「政宗様、政宗様、ああそちらおいででしたか! 夕食は何に致しましょう!」
 わざと大声を張り上げた。
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