風花が見てる

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 遠乗りと称して米沢城から幸村を連れ出したのは、単に己の鬱憤晴らしがしたいからだった。
 武田家からの使者である幸村の接待を、家中の者総動員でするのは少しも可笑しくないし、家中の者が皆幸村を好いた――この普段の幸村を目の前にして嫌いになることの方が難しいだろうが――のも良いことだと思う。
 だが、そのせいで幸村とゆっくり過ごすことができないのに政宗は苛立ちが募っていた。
「おお、政宗殿、ここは絶景でござるな!」
「だろ?」
「政宗殿、これは何でござるか?」
「それはだな……」
 興味津々、好奇心旺盛な幸村を連れて歩くのはとても楽しい。
 幸村と共に見るものなら何でも面白いと思う自分はどうかしているのではないかと若干不安になる政宗だが、それぐらい幸村が愛おしいのだから如何ともしようが無い。
 自在に馬を操り、そこらを跳ね回っていた幸村がふいに馬を止めた。
「政宗殿、なにやら民がこちらをみておりまするぞ?」
「民が? こんなところに?」
 いぶかしんだ政宗がくるりと振り返ったのと、幸村が馬上から転がり落ちるのとが同時だった。
「幸村!」

 政宗に刀を突きつけられた民……に扮した、家臣たちだった……は、幸村を憎憎しげに見詰めた。
「政宗様、こやつは政宗様を誑かし、寝首を掻くに決まっております」
「甲斐から送り込まれた傾城ですぞ、どうしてお分かりいただけないのか!」
「Ha、あんたが傾城だとよ、真田幸村」
 幸村の目がまん丸になり、傾城の意味を悟ると真っ赤になり、次いで俯いてしまった。
「某は……そんなつもりは更々ござらぬ」
「ではどんなつもりぞ!」
「某は、伊達家と武田家とが仲良く出来るように遣わされたのでござる。政宗殿の首を取るなど、我が家中では誰も思うてはござりませぬ」

 必死に臣の誤解を解こうとする幸村を見ていて、政宗は臣の心配もまんざら見当違いじゃねぇなぁ、と呟いていた。
 国を傾ける気等微塵もないが、幸村を昼も夜も手放したくないとは思う。
 昼は華々しい接待の合間に好敵手として剣を交え遠乗りに出かけ鍛錬に励むのが楽しくて仕方が無いし、夜は夜でどうにか幸村の部屋に押しかけていき、その体を組み敷くことがやめられない。
 人間同士の相性も悪くないが、閨でもすこぶる良い。
 幸村が奥州にやってきた日に、何も知らない幸村を押し倒しその体に己を刻み付けた。そのときに、あまりの具合の良さに感動したほどだ。
「俺はアンタが欲しい。アンタに惚れてんだ、ずっと前から、な……」
 敷布の上で両腕を縫いとめ、嫌なら拒めと告げた政宗に、幸村は真っ赤になって
「某とて、お慕いもうしあげておりまする」
と答えた時には柄にもなく顔を綻ばせて幸村を思い切り抱きしめてしまった。
 以来、連日連夜、羞恥を訴えるのを丸め込んであれやこれやと様々な趣向をこらして励んでいる。
 元々素質があったのか、幸村の体はすぐに政宗に馴染んだ。
 幸村の体は政宗のまらを受け入れることを悦び、深く揺さぶられることに涙する。
 つい度を越すこともしばしばで、夕刻から酒を片手に客間に入り浸り、幸村の中を散々掻きまわし、明け方近くになってようやく眠りにつくこともある。それゆえ朝も小十郎にたたき起こされるまで目覚めないし、早く眼が覚めたら覚めたで熟睡している幸村に挑みかかっている始末である。片倉殿助けてくだされと、政宗に腰を抱えられて力なくもがく幸村に縋られたことも一度や二度ではない。
 政宗本人には国を傾ける気はなくとも、傍から見たら心配になるのも可笑しくはないのだろう。

 ぼんやりと適当な木に凭れて物思いに耽っていた政宗は、幸村の
「雪でござる!」
と、弾んだ声に我に返った。
「Hey、幸村、あいつらどうした?」
「お城へ戻られました」
「そうか」
「この幸村、配慮が足らずいらぬ疑念を抱かせてしまい申した」
 律儀に頭を下げて詫びの言葉を並べるのに苦笑する。
 その首筋に己が昨夜か今朝かにつけたと思しき赤い印をみつけ、下半身に急速に血が集まるのに我ながら苦笑する。
「幸村……」
 すっかり手に馴染んだ腰を抱き寄せ丸い尻に指先を這わせたものの、さすがにここで事に及ぶわけにはいかないとぎりぎりのところで思い直し、耳朶を舐め頬を舐め首筋にかじりつく程度におさえておく。
「やっ……そんな破廉恥なっ……」
「Han、何言ってんだ、俺とアンタの仲だろ」
 唇に吸い付きぬらりと舌を差し込めば、教えたように反応が返ってくるのが政宗の独占欲を満たす。
「まさっ……むねどのっ……あっ……ゆ、雪がっ」
 我等を見下ろしてござる、と、政宗にしどけなく体を預けた幸村が言う。

 晴れた空からひらひらと、白い欠片。
 落ちてくそれを掌で受け止めた幸村が、欲に濡れた瞳のまま政宗を見た。
「このまま積もるのでござるか?」
「Hum……すぐ止むだろ」
 そう言ったものの、内心では雪が積もることを望む自分が居ることを政宗は自覚している。
 雪が積もれば、甲斐への路が閉ざされる。さすれば雪解けまでずっとこの幸村をわが腕に閉じ込めることもできるだろうに……。
 妙に大人しくしている幸村の体をぎゅっと抱きしめ、政宗は白い欠片をじっと見つめていた。
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