我慢いたしましょう

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 奥州筆頭伊達政宗の禁欲生活は、まだ続いていた。
 原因は、近頃すっかり打ち解けてきた幸村である。
「手よりも口よりも下半身が一番素早い政宗様だったはずなのに、一体どうなさったのか」
 と、小十郎が大真面目に心配するほど、政宗は幸村に手が出せずにいる。

 惚れて惚れて、ようやく手元に置くことに成功した相手が連日連夜となりに寝ている(政宗が幸村の部屋に押しかけている、というのが正しい)というのに、有り余る若さを己で処理せねばならぬ現実に政宗が打ちひしがれているところへやってきたのは、佐助だった。
「なんか、哀愁漂う独眼竜なんて滅多に見れないね」
「HA……アンタも虎のオッサンも、どういう育て方をしたんだか……」
 政宗の脳裏では、健全に健やかにすくすくと育ち、物心つく前から信玄の傍で日夜鍛錬に励む幸村の姿がうつしだされている。
「今、竜の旦那が想像したことで間違ってないと思うな」
「そうだろうな……」
「旦那が何か馬鹿な事やっちゃった?」
「何も出来ねぇから困ってんだ!」
 あの幸村のことだ、色恋の知識は少ないだろうと思っていたが、少ないどころか皆無に近い。
「おまけに、なんであんなに純真なんだか……。猿飛、教育係だろう、どうにかしろ」
「どうにかって……源氏物語でも読ませる?」
 政宗は、佐助の肩をがしっと掴んだ。
「なんでもいい、アイツに男女の交わりと男同士の交わりをすぐに教えろ!」
 無茶言わないでーと、佐助の哀れな声が城に響いた。 

 あまりにも純真すぎる幸村を前にしては、欲をむき出しにして挑みかかることなど、不可能なのだ。
 もちろん、政宗とてわかっていたことではあるが、あのキラキラした瞳で真っ直ぐに見つめられて、政宗殿は立派でござる、憧れでござる、よき好敵手に巡りあえた、などと一寸の邪心もなくいわれては、勃ち上がりかけたナニも一瞬にして萎えてしまうとは、思わなかった。
「猿飛……Sorryと言う暇があるなら、アイツに人並みの色恋の知識を教えろ……」
「え、ええ? それ、本気でいってる……んだね……はは、はははは……」

 政宗の脳裏に、昨夜の会話が蘇った。
 もしかして男同士どころか、男女の交わり方を知らぬのではないかと不安に思い、まさかとは思いつつそっと探りを入れてみたのだ。
「幸村、アンタ男のたしなみ、作法を知ってるか? 閨とか……」
「もちろん!」
 胸を張っていう幸村だが、近頃学習しつつある政宗は、更にもう一歩踏み込んでみた。
「それを、俺とやってみねぇか? アンタの体、俺に預けてくれ」
 その瞬間、幸村は目に涙をためたかと思うと、ガバッと頭を下げた。
 長い尻尾……いや、後ろ髪が鞭のようにしなって政宗の鼻先を掠めるほどの勢いだ。
「ありがたき幸せなれど……。この幸村、死するときはおやかた様のお側でと決めておりまする!」
 思いもよらぬ返答に、政宗の目が丸くなった。
「しかし、政宗殿に介錯していただけるのは、それはそれで幸せでござる!」
「か、介錯ぅ?」
「綺麗に腹を切るのは武士のたしなみ、作法でござろう? 好いておる政宗殿の手でこの首を落とされるのは……」
 そこでようやく政宗は、幸村が『切腹』のことを語っているのだと気が付いた。
 政宗が発した『閨』という言葉はまったく幸村に届かなかったらしい。
 これはとんでもない相手だ、と頭を抱えたくなったが、ここで引き下がる政宗ではない。
「武士のたしなみ、まだあるだろ? ほら、小姓とか、主従とか、夜、寝所でLOVE……」
「む? 小姓が夜に何かするのでござるか?」
 きょとんと首を傾げて質問を返され、政宗は絶句し唾を飲みこんだ。
 政宗は泣きたくなった。
 こやつなら、子供は畑に植わっている、鳥が運んでくると思っていても不思議はない。
「アンタ、男女の交わりは知ってるだろう?」
 瞬時に幸村の顔が真っ赤に染まった。
 あまりの染まりように、政宗が驚いたほどだ。
「は、破廉恥な! いや、男女の交わりは子を成すため。なるほど、おとこの勤めにござりますなぁ……」
「ああ、わかってくれて良かったぜ。それでだな男同士でも交わりがあって、これが気持ちよく……」
「もちろん、刃を交えるのでござろう!」
「へ、あ、ああ、そうだな、Ha……その通りだぜ」
 本気で泣きたくなった政宗は、むくむくと湧き上がる己のムスコを叱責していた。
 お前の出番はまだまだまだまだ先だ、と。

 「なるほど、それで政宗様が大人しいのか」
「みたいだよ。どうしたらいいと思う? 右目の旦那」
 どうしたもこうしたもないもんだ……と小十郎と佐助が揃ってため息をついた。
「流石の政宗様も、好いた惚れただけではどうしようもねぇってことか。たまには、我慢していただくのも、いいだろう」
「ええっ!」
 佐助は思った。
 あの若さで奥州の筆頭なのだ。きっと、幸村よりずっと我慢していることは多いんじゃないか、と。
「それってちょっとお気の毒じゃない?」
「構わねぇ」
 佐助は思った。
(やっぱり、甘やかすだけじゃ駄目なんだね。俺様、これからは旦那にももっと厳しくするよ。我慢、覚えて欲しいからね……)
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