勘違いもほどほどにしましょう

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 近頃「竜の右目」片倉小十郎は、少々困っていた。
 じいっと、真田幸村が熱い視線を送ってくるのだ。
「Hey、小十郎。散々幸村に手を出すな云々言うのは自分が幸村と……」
「ご冗談もほどほどに」
 主の政宗にはあらぬ疑いをかけられ、昼夜問わず疑惑の視線で刺し貫かれている。
 こんなとき。
 幸村について奥州まで一緒にきている猿飛佐助がいたなら、即座に誤解も疑惑もすっきりするのだが、生憎、幸村が認めた文を携えて信玄の元へ戻っているため、不在である。
「なら、なんでアイツがあんなうっとりしてお前を見てるんだ?」
 顔を合わせるたびに噛み付かんばかりの勢いで胸倉をつかまれ、小十郎は嘆息した。
「政宗様、それはこちらのほうが聞きたいところです」
 出来ることなら、今すぐ飛び掛って締め上げて真意を確かめたい。
 だが、まさか甲斐から正式な使者として訪れている幸村を、いやいや、政宗の好敵手であり政宗が愛して止まない幸村に、乱暴狼藉を働けるはずもない。
 だから、困っているのだ。

 そのころ幸村は、まさか己の行動が元で、小十郎が政宗に毎度毎度締め上げられているとは夢にも思わず、政宗の部屋に居座ってせっせと勉学に励んでいた。
 政宗の傍で過ごしているうちに、和歌や漢籍、書などにも興味を持ったらしい。
 政宗が歌集やら詩集を広げればいそいそと傍へやってくるので、ためしに最も人気のある歌集を渡してみればすっかり気に入ったようで、毎日あれを見せてくだされと熱血にせがまれる。
「政宗殿! 刀剣を振り回すだけが楽しみではござらぬと、某、初めて知り申した」
「HA……そりゃ良かった。かしてやるから好きなだけ読めばいいぜ」
「ありがたき幸せ!」
 
 その、政宗から借りた書物の中に、見慣れぬ横文字のものが混ざっていた。
 ページを捲ってみたが、何のことやらさっぱりわからない。
 そこで、ふと思ったのだ。
「政宗殿の話す異国の言葉を解する片倉殿は、凄いのではないか?」
 小十郎自身が異国の言葉を喋るのを聞いたことはないが、政宗との会話に滞りがない。
 ということは、政宗ほど堪能ではないにしろある程度は理解できるのだろう。
「某も理解したいでござる!」

 そう思ってからは、小十郎が偉大な人物に思えて仕方が無い。
 だから幸村にしてみれば熱い視線を送っているつもりは毛頭なく、
「片倉殿、某に異国の言葉を教えて下され」
 と言う機会を狙っているだけなのだ。
 しかし、狙ってはいるものの、一向に切り出せない。というのも、どうも小十郎に避けられている節があるのだ。
「片倉殿が近頃よそよそしい……どうしたのでござろうか。あの夜のあれがいけなかったのか、それとも……わからぬ」
 はうっ、と悩ましげに吐息を洩らした幸村の背後で、その呟きを聞いていたものがいた。
 疑惑の塊になっている、政宗その人である。

 「小十郎ぉ!」
 たちまち全力疾走に移った政宗は、小十郎の元へ到着するなり胸倉をぎりぎりと締め上げた。
「いつの間に幸村とデキたんだ、正直に言え! 今なら……許してやらねぇこともねぇ」
「は?」
「幸村が、お前の名を呼びながら悩ましげな吐息を洩らしてんだよ!」
 小十郎の目がすうっと細くなった。
「政宗様、今すぐ真田のところへ参りましょう」

 こんどは宛がわれた客室で一人うんうん唸っていた幸村は、伊達主従の突然の訪問に大喜びした。
「政宗殿! お仕事は終わられたので?」
「幸村、抱きつく相手が違うんじゃねぇのか?」
 伸ばしてくる腕を掴んで、小十郎のほうへ強引に向ければ、幸村がきょとんとする。
「片倉殿、どうしたのでござるか?」
「真田、一つ尋ねる」
「何でござるか?」
「なんで小十郎に熱い視線送ってんだ、アンタは!」
 へ? と、呟いたあと、幸村は忽ち首から耳から真っ赤になった。政宗がShit!と舌打ちするのと、幸村が
「もっ、申し訳ござらん!」
と頭を下げるのが同時だった。
 自嘲気味の笑みを浮かべてくるりと退出しようとする政宗の腕を素早く捕まえた小十郎が、幸村に続きを促す。
「理由は何だ」
「某……異国の言葉が知りたいのでござる! 政宗殿のお言葉がもっと知りたいのでござる。片倉殿なら教えてくれるのではないかと……」
 幸村の返事に、強張っていた政宗の腕から力が抜けた。
「小十郎にそれを習う機会を日夜窺っていた、ってわけか? アンタは……」
「そうでござる。しかし何故政宗殿はお怒りなのでござるか?」
 逆に問いかけられ、政宗も小十郎も、返事に窮する。
 幸村と小十郎の仲を疑って勘違いして、政宗は一人で嫉妬に狂っていました、などと、言えるはずもなく。
「Ah……何でもねぇよ。ちょっとな」
 適当に誤魔化せば、小十郎の呆れた視線が突き刺さる。
「小十郎、悪かったな」
「いえ。では私はこれにて」
 
 自室へ帰りながら、小十郎は、南蛮語辞典をどこへやったか、と考えていた。
 政宗が異国に興味を持ちはじめたころ、宣教師から買い求めたものがどこかにあるはずだ。
「あれを、真田に渡してやるか」
 いや、自分から渡してまた誤解をされて、毎日あの六爪を操る腕力で締め上げられる生活に戻るのは出来るだけ避けたい。
「あれを渡すよう、進言してみるか」
 政宗に辞書を手渡されて大喜びする幸村がありありと目に浮かび、小十郎はそっと苦笑した。
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