語り合いましょう

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 只でさえ冷たく張った空気に、更に鋭い緊張が奔る。
 早朝の道場で刀を無心に振っているのは、奥州筆頭伊達政宗その人である。
 刀を振り始めてかれこれ二刻ほどが経とうか。いつのまに姿を表したのか片倉小十郎が道場の隅に居るが、こちらはぴくりともしない。
「政宗様、ほどほどに」
「Hey、小十郎。こうでもしてなきゃ……アイツを襲っちまうんだ。笑ってもいいぜ?」
「笑うなど」
 大方の……佐助と小十郎の予想を大きく裏切って、政宗と幸村は未だに「清い」関係のままである。
 幸村はどうしたことか、自分の一方的な思いであると信じて疑っていない。
 しかも、今後もよろしく、というのは今後も良い好敵手でいてくだされ、という意味だったらしく、味方同士なら殺しあわずとも良いだろうから同盟を組んでくれ、ということだったらしい。
 周囲が唖然としたのは言うまでも無い。

 しかし政宗は先達ての戦の最中、幸村が
「伊達殿に惚れている」
と呟いたのを記憶しているし、甲斐の虎から、奥手な幸村であるがひとつ宜しくと言われているので、幸村の想いを知っている。
 相思相愛であるとわかっていてもなお、手が出せずに居るのは。
「真田幸村本人の口からはっきりと聞きたいのでしょう?」
「う……まぁ、なぁ……」
「更に、早まったことをして嫌われたくない。甲斐に逃げ帰られても困る……政宗様らしからぬ思考で」
 小さく舌打ちをするが、否定はしない。
「政宗様は、真田に想いをお伝えになったので?」
「ああ、LOVEの意味がわかってねぇみてぇだから、好いた惚れたと吹き込んでるんだぜ。どうしたらいい」
 ううむ、と、唸る伊達主従の前に、ふいに姿を現したのは、佐助だった。
「奥州筆頭に禁欲を強いるなんて、申し訳ないね」
「武田の忍び! 側近だろ、どうにかしろ!」
「竜の旦那、無茶言わないでよ〜。俺様だって、これでも頑張ってるんだよ、薄給なのにさ!」
 思わず零れた佐助の本音に反応したのは、以外にも片倉小十郎だった。
「……給料、少ないのか?」
「少ないよ? こうやって奥州までついてきても、出張費殆ど出ないんだよ」
「そういやこちらも同じようなものだな。政宗様が騒動を起こされた後始末を各地でするが、給料はかわらねぇな」
「それも大変だね〜」
「ったく、人使いが荒いのは、何もウチだけじゃねぇってことか」
「みたいだねぇ。今後、旦那たちが二人揃ったら、ますます面倒なことになりそうな予感がする……」
「体がいくつあっても、足りゃしねぇな」
 くくっ、と語り合う側近たちがふと気が付けば、道場の片隅からなにやら語り合う声がする。
 いつの間にか、やはり鍛錬にやってきた真田幸村と、政宗が座り込んで語り合っているのである。
「佐助は酷いのでござる!」
「どうした?」
「某の団子を難癖をつけて没収するのでござるよ!」
「そりゃいけねぇな。小十郎もそうだぜ? 俺の楽しみを邪魔するな」
「楽しみを没収されては、仕事をする気も起こらないというのに!」
「同感だ。鬱憤がたまる一方だからな」
「某、時々佐助の尻に敷かれっぱなしな気になるのでござるよ」
「Hey真田幸村……俺もだ。情けねぇ……」
 二人揃ってはぁ、とため息をつく姿は、鬼のような女房が恐ろしいと、路地裏で愚痴を零しあう亭主のそれと同じである。
「しかし、このまま尻に敷かれたままでいいのかどうか……」
「良くは……ねぇだろうな。よし、ここらで反抗してみるか!」
「おお、いい考えでござる! さっそく計画を!」
 それから話し込むこと暫し。
 赤と青、嬉々として二人が手を取り合って立ち上がった瞬間。
 二人はびくっとして固まった。
「旦那たち! ちょっと其処に座ってちょーだい」
「さ、佐助?」
「政宗様……それから真田幸村! そのふざけた計画、洗いざらい話してもらいましょう」
「こ、小十郎?」

 定刻の朝議の刻限になっても姿を現さぬ伊達主従と真田主従を探しにきた人々が目撃したものは。
 武器を取り上げられた上、道場の真ん中に正座さられている伊達政宗と真田幸村がおり、その二人に向かって恐ろしい形相で懇々と説教を垂れる、竜の右目と武田の忍びが居たそうである。
 そして。
「政宗殿……片倉殿は恐ろしゅうござるな」
「ああ、忍びも怒らせるとおっかねぇ……」
 戦乱の世の問題点と其れに対する解決策を考えて、それぞれ論述し、今日中に提出するよう言いつけられ、政宗の執務室に軟禁されて項垂れる二人が居たそうな。 
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