お勉強をしましょう

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 真田幸村が護っている城は、はっきりいって騒々しい。
 幸村の雄叫びが朝な夕なに轟き渡るのは当然のこと、一箇所にじっとしていない幸村を探し回る武将や侍女の声がひっきりなしにしているのだ。
 それは、政宗が滞在している今も基本的には変わらないが、武将や侍女が幸村の名を呼びつつ城内をくまなく駆け回る回数が減っている。
 政宗が屋内に居るのであれば政宗にあてがわれた客間の近くに待機していれば良いし、政宗が屋外に居るなら剣戟や怒声のするほうへ行けば良い。とにかく、政宗の近くに行けばたとえ本人の姿はなくとも行方がわかるからである。
 また、客間に入り浸っているときも、簡単である。急ぎの用件なら、失礼仕ります、と外から声を掛ければ、独眼竜が入れと促し、書類を嫌がる幸村を諭すことすらある。
 それは彼らにとって酷くありがたいことらしく、とある武将など政宗に満面の笑みで、どうぞ長の御逗留を、と言ってのけるくらいである。
「某、内政など興味はござらぬ! そのようなもの某がやらずとも……」
「HA! 内政ってのはなぁ時にはpartyよりも大事なんだぜ?」
 そう言ってにやりと笑う政宗には連日書状が届いている。
 突然の大雪と土砂崩れで城への帰り道が封鎖されてしまったため予定外に滞在が長引いているが、忍びの者はそんなことお構いなしで書状を運んでくるのだ。
 目を通し決裁し、文を認めて忍びの者に持たせる。
 さすがに他国の者が見てはだめであろうと、日ごろ政宗の傍を離れたがらない幸村も、席を外している。
 だが、そんな幸村に、政宗が言った。
「Hey、真田幸村。今度ここに座って俺の仕事を見てな」

 「政宗殿……某には何のことやらさっぱりでござる」
 政宗に見せられた書状を手に、幸村は困惑の表情を浮かべていた。
「さっぱり!? 簡単な話だぜ。今年は戦が続いたから年貢を軽くするか、って話だ」
「なんと! 戦のたびに軽くなさるので?」
「毎度ってわけじゃねぇ。けど、民を泣かせて戦に勝っても、それは真の勝ちじゃねぇ。甲斐の虎だって、民のことを考えてるんじゃねぇのか?」
 政宗に導かれるままに思い起こせば、確かに考えている。
「某……まだまだでござる……」
「Ha、気にするな」
 大きな手でくしゃっと頭を撫でられて、いつもなら童扱いするなとほえるところだが、不覚にも涙が出そうになった。
「政宗殿は、大きいお方でござるなぁ」
「なんだ、惚れ直したか?」
「はい!」
「やけに素直じゃねぇか。なら、kissの一つでも……」
「わ、わかり申した!」

 こうして、幸村のお勉強が始まったのだが、佐助曰く、
「余計なことの方が多いんだよね……」
なのだそうだ。
 しかし、書類に目を通したり、意見書をまとめたりするのを嫌がらなくなって、楽になったと、家臣一同喜んでいるので、よしとすべきだろう。
「さぁて、俺様はそろそろ、大将に進言してこようかな」
 幸村を奥州への使者にしては、と。はじめて使者として赴くのに一番いい場所だと佐助は思うのだ。
 政宗なら、多少の粗相は見逃してくれるだろうし、竜の右目がさりげなく指導してくれるだろう。
 俺様って過保護、と呟きながら、佐助は姿を掻き消した。
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