同盟を結びましょう

戻る
 からん、と槍が地面に落ちた。
 既に落ちていた竜の爪の上に覆いかぶさるように落ちたそれは、煙るような雨の中でも深紅の輝きを失っていない。
「Hey、幸村、アンタの勝ちだぜ、好きにしな」
 口調は相変わらずだが、大木に凭れかかって尚上体の均衡を保つのが難しいらしい。
 ぐらり、と青色が傾いたのを、とっさに赤色が支えた。
「伊達殿!」
「ha、情けは無用だぜ、とっととやっちまいな」
 幸村の、まだ少年の名残を残している腕が、ぎゅっと政宗を抱きすくめた。
「出来ぬ……」
 目の前に、幸村の震える首筋がある。
 そっとその背に手を這わせれば、こんなにも華奢だったのか、と、改めて思わずにはいられない。
 会うのは殆どが戦場、必ず剣を交える間柄である。
 そうでなければ信玄の傍に控えているか、破廉恥であると喚いているところしか知らない。
「なに甘ぇこと言ってんだよ」
「甘いなど百も承知、お館様の命に背くことも百も承知。それでも、伊達殿を討たねばならぬのなら……某、どうしたらいいのかわからぬ」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、政宗は苦笑した。
「アンタ、俺のこと好きなのか?」
 幸村の体がびくりと波打った。おいおい、jokeだろ……と呟くが、幸村から返事がない。
「そうか某……伊達殿に惚れておったのか」
 くくっ、と暢気に笑う声がして、ふいに政宗の体から力が抜けた。本当に、どうにでもしてくれ、という気持ちになったのだ。それが幸村にも伝わったのか、彼の体から立ち上っていた闘気がみるみる影を薄くしていく。
「伊達殿、申し訳ござらん」
「Han?」
「この勝負、どう転んでも某の負けでござる。本来ならば首を差し出すところでござるが、某の命、お館さまのものにて……」
 政宗の体を離し、にこにこと邪気のない笑顔を向けながらそんなことを言う。
「…hey、真田幸村。アンタが俺の首をとれねぇのと同じで、俺だってアンタの首だけなんざ、いらねぇんだよ」
 何のことでござるか、と、不思議そうな顔で首を傾げる幸村を、今度は政宗が抱き寄せる。
「俺は、とっくにアンタに惚れてんだ。Likeじゃねぇ、Loveだ」
 「らいく」と「らぶ」の違いなど幸村にはわからないが、政宗に好かれていると言うことは理解できたらしい。
「うれしゅうござる。伊達殿、今後も……」
 よろしく頼むといいかけて、ふいに、幸村が真顔になった。
 なにやら腕を組み、眉間に皺を寄せている。幸村の思案顔なぞはじめてみるので、政宗もついまじまじと眺めてしまった。不躾だったかと我に返るが、幸村は一向に頓着していないらしい。
「そうだ! 伊達殿、お館さまと同盟を結んでくだされ」
「何だよ、唐突に」
「伊達殿が敵だから問題が有るのでござるが、同盟国なら味方同士ゆえ、問題はなかろう?」
 
 「……どういう風の吹き回しだ?」
「魔王を倒すには手を組むのが一番だと思ったからだ……」
 翌日、全てを見透かした信玄の前で、政宗は居心地の悪い思いをしていた。
「此度の同盟、幸村が手柄を立てたようだな。無理もない、幸村は、腕は立つ上に性根は素直で前向き、顔もなかなか可愛い。惚れたのは幸村が先か、いや、後か?」
「……ぶっ」
「政宗様、そこで茶を吹いては、肯定したも同然です」
 呆れた表情の小十郎が、これまたしれっと言う。
「まあ、真田の旦那と対等に渡り合えるのは、竜の旦那くらいしかいないから、いいんじゃない? ま、ウチのダンナをよろしく頼むよ」
 何せ色恋には円も縁もない驚くべき奥手だからさ、と、笑う佐助に、信玄もうんうんと同意する。
「……おい、小十郎」
「はい」
「俺は、嫁を貰う挨拶にきたのか?」
「よろしいではないですか。婿として大歓迎されたようで」
「shit!」
 
 甲斐の虎と独眼竜の同盟は、驚きをもって全国を駆け巡った。
 当然、
「独眼竜と虎和子が堂々と逢引できるように同盟を結んだらしい」
という話もついて回った。
 政宗の方は、幸村に変な虫がつかなくて良いと、にんまりしているが、戦場に出るたびに敵に揶揄されて右往左往するのが、幸村である。
「お館さま、佐助、某、恥ずかしゅうて、死にそうでござる……」
 まだまだ可愛い、幸村なのであった。
戻る

-Powered by 小説HTMLの小人さん-